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小室佳代の生い立ちが壮絶!幼少期の生活、学歴、結婚生活〜現在まで

小室圭さんと眞子さまの婚約で浮き彫りになった小室佳代さんと元婚約者の間の借金問題。

なかなか解決することなく月日が過ぎていきました。

小室佳代さんはどのような生い立ちを経て、お金にそこまでこだわるようになってしまったのでしょうか?

小室佳代さんの幼少期から現在までの生い立ちを時系列でまとめました。

目次

小室佳代の生い立ち①幼少期

小室佳代さんの家族は5人。

神奈川県横浜市の工場で勤務する父親、母親、祖母、弟と川崎市藤沢市で暮らしていました。

小室佳代さんの両親

小室佳代さんの生い立ちは、母親が大病を患い看病や世話をするという苦労時代がありました。

小室佳代さんの生い立ちを詳しく時系列でみていきましょう。

小室佳代と家族の暮らしぶり

小室佳代さんが生まれた時は、母親の八十子さんがハウスキーパーの仕事で、父親は神奈川県横浜市内の工場勤務でした。

自宅はハウスキーパーの会社の寮。その前はお寺の3畳一間を借りて生活していたようなので金銭的に苦労をしていたようです。

しばらく家族5人で寮に住んでいましたが、寮が取り壊されることになり神奈川県藤沢市の平家に引っ越します。

家族5人での寮生活はかなり窮屈だったかもしれませんね。

小室佳代の母親が出産前後に病気

小室佳代さんの母親は小室佳代さんと弟を出産する前後にリウマチを患ってしまいました。

リウマチとは、関節に炎症がおきてしまい腫れやひどい痛みなどが生じて日常生活に支障をきたしてしまう病気です。進行すると骨や軟骨が破壊されてしまうこともあります。

母親が手足の関節が自由に動かせないとなると、買い物や家事などは長女の小室佳代さんは母親の看病やお世話をしていたかもしれません。

「角田(旧姓)佳代さんは小学3年生ごろに神奈川県藤沢市に引っ越してきて、祖母とご両親、弟の5人暮らしでしたね。お母さんの八十子さん(すでに他界)は、お子さんふたりを出産する前後に全身がリウマチになり、簡単に出歩けなくなってしまいました。

引用:週刊女性

20年ほど前まではリウマチは通常の生活に戻ることがかなり難しい病気でしたので、おそらく医療費がかなりかかってしまったのかもしれません。

病気のストレスから宗教団体に入会

小室佳代さんの母親の病気はなかなか完治が難しく、病気のストレスからだったのか宗教団体に入会していました。

その新興宗教は「大山ねずの命神示教会」。1953年に“供丸斎”こと稲飯定雄という人物が設立した団体である。関係者によれば、圭さんの祖母にあたる八十子さんは若いころからリウマチを患い、長い闘病生活の中で救いを求めたのがこの教会だったという。

引用:デイリー新潮

宗教団体にもよりますが、会費などの支出があることが一般的です。小室佳代さんの母親が入会していた団体の入会費は35,000円。会費は大人で年間9,600円です。

元々の暮らしぶりが余裕ある訳ではなさそうな上に、医療費、宗教団体の会費と考えると経済的苦労したことが想像できてしまいます。

お金にとても執着してこだわるのはこのような生い立ちが強く影響しているかもしれませんね。

小室佳代さんの学生時代の生い立ちについても見ていきましょう。

小室佳代の生い立ち②学歴

小学校・中学校

小室佳代さんは神奈川県藤沢市に小学3年生の頃に引っ越してきて、地元の中学校に通います。

藤沢市には現在35もの小学校と19の中学校があり、どの学区のものかは特定できませんでした。

高校・短大

小室佳代さんは相模女子大学高等部に進学しました。

相模にある私立の高校で現在の偏差値は53~61。幼稚部、小等部からある学校なので、内部生と高校から進学する外部生に別れます。

相模女子大学高等部を卒業した有名人には、松嶋菜々子さんがいます。

そして、高校卒業後には短大に進学しました。

小室佳代の生い立ち③就職〜結婚生活

小室佳代さんは短大を卒業してから就職したと思いますが、ほどなくして1990年で当時24歳の時に小室敏勝さんと結婚をしています。

その後は専業主婦だったようなので、ほとんど職歴はありませんでした。

結婚した翌年1991年に小室圭さんが誕生しています。

そして、2001年小室圭さんが10歳の時に、小室佳代さんの旦那は自殺をして34歳という若さで他界。

結婚生活はわずか11年という短さでした。

小室佳代の生い立ち④シングルマザーでアルバイト掛け持ち

職歴がほとんどなかったためかシングルマザーになってしまった小室佳代さんは、目黒区のケーキ屋でのアルバイトを長いことして家計をやりくりしていました。

ケーキ屋の収入は週5回勤務で、ケーキ屋の勤務がない時は雑貨屋でのアルバイト掛け持ちで月収12万円。

佳代さんはケーキ屋の休みの日には、横浜市内の雑貨店でもアルバイトしていましたね。月収は12万円ほど。いまもそれほど変わらないでしょう。

引用:フライデー

月収12万円でインターナショナルスクールや私立の学校に小室圭さんを通わせるのは到底難しいですよね。

その他の収入源は、亡くなった旦那の遺族年金が月約9万円ほどと元婚約者に「生活が苦しい」と訴えて月10万円ほど援助してもらったという情報もありました。

私との交際中も、佳代さんから『生活が苦しい』と言われ、月10万円を援助していました。

引用:フライデー

 

小室佳代さんがシングルマザーになってからの収入をまとめると

  • アルバイト掛け持ち:月12万円
  • 遺族年金:月9万円
  • 元婚約者からの援助:月10万円

月合計:31万円

まとめ:小室佳代の生い立ちは壮絶だった

小室佳代さんは、決して裕福とは言える家庭ではなく、そして母親が大病を患った上に宗教団体に入会していました。

医療費、宗教の年会費など支出が家庭の余裕をさらに無くしていった苦労時代だったことが伺えました。

短大卒業後すぐに結婚をしていますが、結婚した相手が自殺してしまいわずか10年という短い結婚生活を終えました。

それからは、バイト掛け持ちしたり、援助を受けながら家計をやりくりしていました。

 

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