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YOSHIKIの父親はどんな人?紅は父親に向けて作った曲だった!仕事や死因は?

X-JAPANのYOSHIKIさんが4月24日の金スマに出演します。

YOSHIKIさんが34歳という若さでなくなった父親について話します。YOSHIKIさんの父親はどんな人だったのでしょうか?職業は?

そしてYOSHIKIさんが作った名曲『紅』は父親に向けたものか?調査しました。

YOSHIKIの父親はどんな人?

YOSHIKIさんがずっと憧れで、音楽を始めたきっかけでもある父親はどのような人だったのでしょうか。

人柄

YOSHIKIさんの父親はYOSHIKIさんをとっても可愛がっていたそうです。

人生で父親には怒られたことが一度もなかったと言っていました。YOSHIKIさんが自宅の2階からレコードを投げても怒らなかったそうです。

そして音楽が大好きでジャズピアノをよく弾いてましたし、クラシックもよく聴いていました。

その父親の影響でYOSHIKIさんもジャズピアノを4歳から弾いていました。

YOSHIKIさんの誕生日には毎年トランペットなど楽器を買ってくれた優しい父親だったみたいです。

そしてYOSHIKIさんの地元が千葉県館山市で海に囲まれているところです。たまに父親と釣りに出かけたりもした非常に仲の良い親子でした。

YOSHIKIさんを大変可愛がっていたことが伺えます。

職業

YOSHIKIさんの父親の職業は呉服屋を経営していました。

相当な派手好きで、地元では誰も乗っていないキャデラックを乗り回していて地元では知らない人がいないぐらいだったそうです。

YOSHIKIさんの誕生日には必ず楽器をプレゼントしていまいしたし、高級車に乗っていたぐらいなので、呉服屋は繁盛していたのではないのではないでしょうか?

華やかで派手好きな父親だったとおもます。

YOSHIKIの父親の死因は?

34歳という若さでYOSHIKIさんの父親が亡くなった死因は『自殺』だったそうです。YOSHIKIさんが11歳の小学校5年生の時でした。

当時から仲が良かったTOSHIさんでもこのことは知らなかったそうです。

夏休みの楽器クラブから帰宅すると、父親が寝かされていて白い頭巾を被っていたそうです。

それを見て親戚の人たちは「お父さんは病気で寝ている」と言いましたが、異変に気付いたYOSHIKIさんはわめき、父親の名前を呼びながらその場に倒れたそうです。

小学生という幼い時期に身近な人の『死』は受け入れられるわけがありません。しかもいつもとなんら変わらない日常でいきなり。

なぜ自殺をしたのか?ということについては今だにわからないそうです

その原因がなんだかわからないし、聞くこともできないからこそ相当苦しんだそうです。

大好きだった父親が突然自殺した苦しみは想像を絶するものだったと思います。

後に、『音楽がなければぶつける先がなかった』と語っていました。

YOSHIKIが父親の自殺を知ったのは中学生

YOSHIKIさんが父親の自殺を知ったのは、中学生になってからでした。

当時は原因について隠されていましたが、中学生の時に親戚の家で偶然知ってしまったそうです。

大好きで憧れの父親が突然自殺してしまったことに対して、いろんな感情がミックスして自分でもわけがわからなくなったと言いました。

YOSHIKIの父親はドラマーになるのが夢だった

YOSHIKIさんは父親が亡くなった後に、ドラムがやりたくなって母親にドラムを買ってくれないかお願いをしました。

そうすると母親はあっさり高いドラムを買ってくれました。

あまりにも不思議でなぜか聞くと、実は父親の夢がドラマーになることだったそうです。

そして自然と大好きで憧れてた父親の夢を叶えるためにYOSHIKIさんはドラムに打ち込んでいったのだと思います。

音楽がYOSHIKIさんを救う唯一の道で、父親と繋がれる瞬間なのかもしれません。

「僕は音楽家だったからぶつけるところがあるけど、(音楽が)なかったらどうすんだろうと思いますよね、本当になかったらいきてたのかなくらいに思ってしまう」

ZEROインタビューより

そして少しでも父親に近づきたいと思っていたかもしれません。

『紅』はYOSHIKIが父親に向けた曲?

YOSHIKIさんは若くして自ら命を絶った父親へのいろんな感情をぶつけるかのように、歌を作りました。

そしてYOSHIKIさんが作った曲『紅』『TEARS』は父親に向けて作られたものではないかと言われています。

紅の歌詞を見ていきましょう。

I could not look back, you’ve gone away from me
I felt my heart ache
I was afraid of following you
When I had looked at the shadows on the wall
I started running into the night
to find the truth in me


# # # # # # #
嵐吹くこの街がお前を抱く
吹き拔ける風にさえ目を閉じる
お前は走りだす何かに追われるよう
俺が見えないのか すぐそばにいるのに
# # # # # # #
人波に消えて行く記憶の吐息
愛のない一人舞台もう耐えきれない
All of you in my memory is still shining in my heart
すれ違う心は溢れる淚に濡れ
# # # # # # #
紅に染まったこの 俺を慰める奴はもういない
もう二度と屆かないこの思い
閉ざされた愛に向かい
叫びつづける
# # # # # # #
お前は走りだす何かに追われるよう
俺が見えないのか すぐそばにいるのに
# # # # # # #
紅に染まったこの 俺を慰める奴はもういない
もう二度と屆かないこの思い
閉ざされた愛に向かい
叫びつづける

紅に染まったこの 俺を慰める奴はもういない

Cry in deep red

https://www.kkbox.com/tw/tc/song/fX48ARX07.k-lUQ1nUQ1n0P4-index.html

始まりに英語で書かれているのは、『あなたはもう私の前からいなくなってしまったから、もう振り返ることはできない 心が痛い』となっています。

おそらく父親が死んでしまったことだと思います。

『紅に染まったこの俺を慰めるやつはもういない』

このフレーズは大好きで憧れていた父親がもう帰ってくることはないから、俺を慰めることはもうできないと伝えてるのだとも思います。

YOSHIKIが父親やメンバーの死から今伝えたいこと

YOSHIKIさんは幼い頃の父親の自殺や、メンバーの死など壮絶な人生を送ってきました。

「僕はズタズタな人生を生きてきた。でも前を向いている。僕が息をしている間は、皆さんの力になれるように音楽を通じてサポートできれば」

今コロナウイルスが感染拡大してる中でYOSHIKIさんが必死に外出自粛を呼びかけたり、音楽でたくさんの人に勇気や癒しを与えてるのは、身近な人が亡くなる辛さを誰よりも知っているからではないでしょうか?

このYOSHIKIさんの影響力の凄さ、大きさできっとYOSHIKIさんの父親にも届いているのではないでしょうか。

【まとめ】YOSHIKIの父親について

YOSHIKIさんの父親についてまとめました。

YOSHIKIさんの小さい頃からの憧れであり、大好きだった父親は34歳という若さで自ら命を絶ちました。原因はわかっていません。

優しくて、音楽が大好きな人でした。そんな父親がなりたかったドラマーになって、音楽でたくさんの人に想いを届けています。

これからも素晴らしい音楽を生み出していってくれると思います。応援してます。